同じ仕事をしていても、イキイキとした表情で仕事をしている人と、苦痛に満ちた表情でイヤイヤやっている人がいる。
といっている私もA面な自分とB面な自分が共存している平凡な人間だ。
私は、この世に面白い仕事なんてないことに四十過ぎて気づかされた。
つまり、『この世に面白い仕事などというものもない』し、『つまらない仕事も存在しない』のだ。
「面白い仕事」と「面白くない仕事」が存在するのではなく、「面白そうに仕事をする人」と「つまらなそうに仕事をする人」がいるだけなのだ。
面白い仕事は最初から存在するものではなく、人が創り出すものだと私は思う。
とんでもなく退屈そうに見える不人気の仕事を、感動で涙が溢れるような仕事にすることができた時、「生きててよかった!」と思えるのではないだろうか。
子供の頃、どうしてあんなに何でもないことで笑い転げることができたのか。
子供の頃、どうしてあんなに単純なことを飽きもせずに延々と繰り返すことができたのだろうか。
子供にできて大人にできないはずがない。
自身で躓いていると思っている大人の方々にグットくる言葉があったので紹介したい。
勉強ほど贅沢な娯楽はない。
勉強ほど年齢に関係のないスポーツはない。
とことん集中して脳みそを使った後は、フルマラソンを走った後のように、ぐったりと疲れて昏々と熟睡できる。
もし人間の脳を100%フル回転させたら、原子力発電所ひとつ分のエネルギーを必要とするらしい。
社会に出ると解るが、勉強というのは義務なんかではなく、明らかに権利であることに気づかされる。学生時代は義務教育だったが、社会人になったら権利教育なのだ。
権利教育では教科も教材も無限にある。この世の中のありとあらゆるものが教科であり教材なのだ。
権利教育では先生は自分で選んでいい。
この世の中のすべてが先生である。
権利教育では締め切りなど存在しない。
すべての締め切りは自分で決めていいのだ。
権利教育に合格点は存在しない。
すべての合格点は自分で決めていいのだ。
仮に入院することになっても、会社に遠い家に引越しをしても、「これでたっぷり勉強できる」とワクワクし元気になっていくのが幸せな人生なのだ。
最近知り合った凄い人がいる。目をキラッキラさせて、世界中飛び回って勉強して、勉強したことを日本中の方々に惜しみ無く情報を教えて、市場をひっくり返そうとしている坂本龍馬のような人。
どん詰まっている人へ。
なんでもええから勉強してみ♪
変わるから・・・。

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