『真剣』というものは、人の目には見えにくい。例え人一倍努力をしていても、それが他人に全く伝わらないこともあるのだ。
僕の友達は部活動で真剣に練習していない人と、少々馬の合わないところがあるらしい。たった一人でも真剣にやらなければチームの指揮が下がる故、部の事を真剣に考えねばならないからという。
僕は友達の話を聞き、その友達が僕の思う以上に部やチームの事を考えていると知り、非常に感動した。
もしかしたら、僕の友達が部の事を深く考えているように、真剣にやってほしいと言われる人もその人なりに真剣に取り組んでいたのかもしれない。
真剣にやっているのに報われない、真剣にやっているのに周囲から努力を認めてもらえない、なんていうこともあるのかもしれない。
しかし、本当に全力で真剣に取り組む人はいつか自然と周囲に努力を認められたりするだろう。
認められたり報われることに例え歳月がかかっても、人から理解されたり、努力を認められたりすることは努力や真剣さにもかえがたいことだろう。
認めてもらえない事が悔しかったりしたら、まず本当に自分から見直すことが大切だ。本当に自分は努力できているかと見直せば、まだ全力ではなかったと分かる時もある。
自分を見直す以上に、自分から他人を認めてあげなくては、自分も理解されない。お互いを認め合い、欠点を補いあったりしていくことは、大きな成長と言えるのではないか。
自分で真剣にやるべきことを全力で取り組み、他人の見えにくい真剣さや努力を認めていきながら、自分自身も向上していく事が大切だ。そうすればきっと仲間や周囲から深い信頼と深い理解を得られるに違いない。
中学1年生の文章だが、こんなにも『洞察力』があるのだと吃驚である。

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