日本ベンチャー企業の最高峰にいる孫正義社長は、織田信長と坂本龍馬に最も影響されたという。
信長からは人生五十年と心得、天下統一までを早くに立て、その戦略眼を学び、孫氏も20代で起業し、30代で資金を稼ぎ、40代で勝負をかけ、50代で成就させ、60代で継承しようと思考したらしい。
竜馬からは生きざまを学んだという。
15才の時、佐賀の高校を中退し、アメリカに留学しようと心に決めていた。
同時期、父親が入院中で留学を猛反対されたが、人生大義を取らねばならぬこともある。家族にはいつか恩返しできるだろうと決意できたのも竜馬のおかげだと。
留学を決意したのはただアメリカが見たかったらだけ、漠然とクリエイティブな仕事で事業家になるか、政治家、画家、小学校教諭などを夢見ていたが、竜馬の脱藩は孫氏をアメリカへ衝き動かした。
株式公開後、コムデックスやジフデービスなど、3千億近い買収をした時も無謀投資と揶揄されたが、公開後守りに入り年間2~3割ずつ売上を伸ばしてもしょうがない。一度の人生、悔いを残さないようガンガンやってきた結果、今年は3千億の売上に達し1兆円を目指すまでになれた。
竜馬は事業家だった。
孫氏の考える事業家とは金儲けが主眼の商人ではない。新しいモノを創造し、世の中に貢献し結果として利益を得る、その利益でさらに大きな何かを創造するものだという。
竜馬がつくった海運会社『亀山社中』は、日本で最初の株式会社であり、諸藩に金を出させ軍資金を稼ぎ、外国製兵器を各藩に売り幕府を倒した。
さらに新政府をつくり自身の会社を国策会社とし世界貿易をやる。これまさに事業家の発想なり。
幕府の戦いに敗れた長州に、幕府に寝返った薩摩と手を組んで軍艦と洋式鉄砲を買えば幕府に勝てると、亀山社中が薩摩藩名義で軍艦を買い、それを長州に回す方法で薩長同盟を果たし、会社利益は出資した藩に配当する商社の原型を創るという大変な商才である。
2~30代にして、徳川300年のパラダイムを全てひっくり返してしまったのだ。
竜馬を語ると、くだらない私利私欲などバカバカしく思えてくる。
※数年ぶりに銀座の友人のお店に。この不景気に以外に盛況だった。

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